先人に学ぶ

鈴木梅太郎のビタミンB1の発見

鈴木梅太郎

鈴木梅太郎

我が国最大級のバイオ系学会の一つである日本農芸化学会を創立し、初代会長としてその発展の基礎を作ったのが鈴木梅太郎(1874-1943)である。
しかし、鈴木の最大の功績として知られているのは、やはりビタミンB1の発見だろう。

今から1世紀前の1911年に、米ぬか中に脚気を予防する新規成分が存在することを示した世界最初の論文が、鈴木により東京化学会誌に掲載された。この時点では成分の本体は解明できておらず、論文中には「該有効成分を仮にアベリ酸(Aberisaure)と命名し、化学的性質の判明したる後、さらにこれを改正せんと欲す。」という記述がある。その結晶が分離できたのは15年後のオランダ、構造が決定されたのは25年後の米国であり、また命名に関しても、この物質の発見を鈴木と競ったC. Funk(ポーランド)の提唱した「Vitamin(e)」が採用されたことは残念であった。しかし、一世紀も前に欧米との熾烈な競争に臆することなく立ち向かい、ノーベル賞候補として推薦されるまでになった鈴木のような研究者が我々の先達の中にいたということをもう一度思い出したい。

実は鈴木の業績はビタミンB1の発見にとどまらない。「産業の発達は科学の進歩により達成される」 という信念のもと、農林水畜産業・農産製造業の体系化、技術の発明・改良に奔走した鈴木の活力は人間離れしている。東京大学農学部の教官を務める傍ら、理化学研究所で行ったビタミン、薬品、酒の基礎・応用研究、さらには「国民糧食の安定及び改良」という標語のもとに進めた各種加工技術の発明、日本最初の育児用粉ミルクの開発なども、世界に誇る高品質な製品を生産する日本の食品産業創出の呼び水となった。

基礎研究と応用研究を融合させ、社会が直面している問題の解決に取り組むという農芸化学の理念は今も必要とされている。若者の中から第2、第3の鈴木が生まれることを期待したい。

(清水 誠)

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