先人に学ぶ

微生物が作る生理活性物質

― 火落酸、ツニカマイシン、スタチン等の発見

田村學造

田村學造

米から麹菌と酵母の働きで作られる清酒は、低温殺菌法「火入れ」によって、長期貯蔵が可能であった。火入れは、パスツールによるワイン殺菌法発明に300年以上先行して伝わる、わが国の優れた微生物管理技術である。しかし、まれに清酒も腐敗し、これを「火落ち」といった。犯人は、エタノール耐性が高い細菌「火落菌」である。火落菌のなかには、アミノ酸やビタミンなどが豊富な細菌用培地に生育しないが、それに清酒を添加すると生育するという、不思議な性質をもつものがいることを、東大農学部の高橋偵造が明らかにしていた。

1950年代、田村學造は、特定のアミノ酸が生育に必要な乳酸菌の増殖を指標に、そのアミノ酸を定量する微生物検定法を開発していた。彼は、火落菌の奇妙な性質に注目し、清酒中にある、未知の必須増殖因子を同定しようと考えた。微生物検定法を頼りに、麹菌培養液からこの物質を精製単離し、「火落酸」と命名して1956年に発表した。
メルク研究所のFolkersらが同年に報告したメバロン酸と性質が酷似していたため、試料を交換して調べた結果、同じ物質であった。その後の研究が海外で進展し、メバロン酸の名が定着した。

のちの研究で、火落酸は、コレステロールなど様々な必須細胞成分となるイソプレノイドの、生合成中間体であることが分かった。イソプレノイドの一種ドリコールは、糖タンパク質を作るのに必須である。高月昭・田村學造が発見した抗ウイルス活性物質ツニカマイシンは、ドリコールと糖の結合を特異的に阻害し、糖タンパク質合成機構の解明に重要な働きをしている。遠藤章らが、かびから取得した、火落酸合成酵素の阻害剤ML236Bは、やがて高コレステロール血症治療薬として開発された。
現在も売上げ上位を独占する類縁薬は「スタチン」と総称され、多くの人々の健康維持に役だっている。
スタチン開発に多くの農芸化学者が寄与したのは言うまでもないが、火落酸をめぐる農芸化学一連の縁も興味深い。

(依田 幸司)

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