アミノ酸・核酸発酵

アミノ酸・核酸発酵

アミノ酸・核酸発酵は日本が世界に誇る農芸化学分野を代表する技術である。「うま味」を呈する物質であるグルタミン酸ナトリウムやイノシン酸、グアニル酸の発酵生産から始まり、現在では動物飼料・医薬品用などの様々なアミノ酸や核酸関連物質が微生物発酵法によって生産されている。

微生物による発酵生産は、20世紀初頭の有機酸発酵や戦時中のペニシリンに代表される抗生物質生産等で世界的に達成されていたが、戦後日本において、昆布のうま味調味料として知られていたグルタミン酸ナトリウムの微生物発酵生産法の開発に世界に先駆けて成功した。当初グルタミン酸は小麦や大豆タンパク質の加水分解で生産されていたが、協和産業(のちの協和発酵工業、現・協和発酵キリン)の木下祝郎らは微生物によるグルタミン酸生産研究を開始し、1956年に同社の鵜高重三がグルタミン酸を培地中に分泌するCorynebacterium glutamicumを発見したのを受け、同菌を用いて工業レベルでグルタミン酸を直接発酵することに成功した。これを機にアミノ酸発酵研究が進み、現在では多くのアミノ酸が発酵法で作られている。

グルタミン酸ナトリウムの発酵生産が盛んになるにつれ、イノシン酸(鰹節のうま味)やグアニル酸(椎茸のうま味)などの呈味性ヌクレオチドの発酵生産にも目が向けられた。ヤマサ醤油の國中明らは酵母のRNAを5’-リン酸体として分解する酵素(Nuclease P1)を生産する青カビを発見し、それを利用してイノシン酸、グアニル酸を生産する方法を開発した。
その後、徐々に発酵法によって核酸を生産するも方法も取り入れられ、Corynebacteriumの変異体によって直接的に発酵生産する方法に加えて、Bacillus subtilisなどの変異体を用いて目的物の中間体を発酵により生産し、その後化学的・酵素的処理によって目的の核酸を生成する方法も確立されている。今や呈味性ヌクレオチドだけでなく、その他の核酸物質や補酵素などの関連物質の発酵生産も可能となっている。

坂口謹一郎

坂口謹一郎

アミノ酸・核酸発酵は、産業的な点から大きな成功を収めただけでなく、微生物の物質代謝における調節機構の存在を示すなど、微生物の代謝生化学にも多くの発展をもたらすこととなった。

東京大農芸化学科教授であった坂口謹一郎の「微生物にお願いして裏切られたことがない」という言葉は、微生物には無限の可能性が存在しており、微生物を信じ、適切な方法を用いれば、必ずそのような微生物は見つかるものだということを表す「金言」として、農芸化学の微生物研究者には広く知られている。その言葉に従い、期待する活性をもつ微生物をスクリーニングするというのが応用微生物研究者の常套手段となり、抗生物質をはじめとして数多くの生物活性物質が日本の応用微生物研究者によって発見されることとなった。坂口門下生である木下祝郎、國中明は、まさに坂口イズムの体現者といえる。

(西山 真)